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東京高等裁判所 平成4年(行ケ)201号 判決

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

原告

株式会社東芝

代表者代表取締役

佐藤文夫

訴訟代理人弁理士

三好秀和

岩崎幸邦

津軽進

東京都千代田区霞が関三丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

指定代理人

阿部寛

山田幸之

市川信郷

土屋良弘

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第1  当事者の求めた判決

1  原告

特許庁が、平成3年審判第4138号事件について、平成4年7月29日にした審決を取り消す。

2  被告

主文と同旨

第2  当事者間に争いのない事実

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和57年1月22日、名称を「反応管洗浄方法」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願をした(特願昭57-7512号)が、平成2年12月27日に拒絶査定を受けたので、平成3年3月7日、これに対する不服の審判の請求をした。

特許庁は、同請求を同年審判第4138号事件として審理したうえ、平成4年7月29日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決をし、その謄本は、同年9月7日、原告に送達された。

2  本願発明の要旨

底部に廃液を吸引する吸引口と、中間部に洗浄液を吐出する吐出口とを有する洗浄ノズルによって反応管内を洗浄する過程において、反応管内に洗浄ノズルを挿入して洗浄ノズルの吸引口を反応管の底部近傍に、吐出口を反応管の開口部付近に位置させた後、該吐出口より洗浄液を吐出し、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に前記吸引口より廃液を吸引する第2の過程とを有することを特徴とする反応管洗浄方法。

3  審決の理由

審決は、別添審決書写し記載のとおり、本願発明は、本願発明前に頒布された特開昭53-10480号公報(以下「引用例1」といい、その発明を「引用例発明1」という。)及び実公昭53-23516号公報(以下「引用例2」といい、その発明を「引用例発明2」という。)に記載されている発明に基づいて、当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。

第3  原告主張の審決取消事由の要点

審決の理由中、本願発明の要旨、引用例1及び引用例2の記載事項(ただし、引用例2の以下の記載を除く。)、本願発明と引用例発明1の一致点及び相違点の認定はいずれも認め、相違点の判断は争う。

審決は、引用例2に「試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程を有する試験管洗浄方法の発明が記載されている」(審決書5頁12~15行)と誤って認定し(取消事由1)、「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液で満たすことは、当業者の必要に応じてなし得る設計的事項である」(同7頁18行~8頁2行)として相違点の判断を誤ったため、引用例発明1に引用例発明2を適用して本願発明を構成することは当業者が容易に想到しうることであると判断を誤り(取消事由2)、さらに、本願発明の顕著な作用効果を看過し(取消事由3)、その結果、誤った結論に至ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

1  取消事由1(引用例発明2の認定の誤り)

審決は、引用例2に、「試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程」と、「この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」とが記載されていると認定しているが、誤りである。

(1)  本願発明の「試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程」の構成における「洗浄液を満たす」目的は、内壁に付着している反応液等を洗浄水に溶出させることによって内壁を洗浄することにある。また、「所定位置」は、反応管1の開口部付近を意味している。

したがって、本願発明においては「洗浄液を満たす」ための明確な目的があり、この目的に対応して「所定位置」が定められ、この定められた「試験管内の所定位置まで」「洗浄液を満たす」ことが構成要件になっているのである。

これに対し、引用例発明2の洗浄装置は、試験管6の底部に固定された沈殿物以外のものを洗浄するための装置であって、その洗浄は、洗浄液が試験管6に注入されることにより行われる。つまり、引用例発明2にあっては、内壁に付着している反応液等を洗浄水に溶出させて内壁を洗浄するものではない。

また、引用例発明2においては、汚染した洗浄液が排出されるまでの間一時的に試験管内に溜まるにすぎず、本願発明のように明確な目的をもって所定位置まで洗浄液を満たすものではない。

したがって、引用例2に「試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程」が記載されているということはできない。

(2)  本願発明の「この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」の構成における「吸引」は、吸引圧により生ずる抑流効果により汚染度の高い反応管の底部を洗浄する作用効果を有するものである。

ここでいう「抑流効果」とは、本願明細書に、「反応管1内の残存した反応液と、前過程で吐出された洗浄水との一部を吸引口3aを介して吸引し、このとき吸引口3aでの吸引圧により生ずる抑流効果により汚染度の高い反応管1の底部を洗浄することができる」(甲第4号証明細書8頁6~10行)とあるように、洗浄水をいったん溜めて、吸い上げるときに生ずる効果、すなわち、反応管に洗浄液が溜まった状態から吸引管を吸引すると、吸引圧に加え、溜まっている水による負荷(洗浄圧)が反応管の底にかかった状態で水の流れの方向が変わるので、優れた洗浄が行われるという効果を意味するものである。

これに対し、引用例発明2では、吸引ポンプは汚染した洗浄液を試験管内より排出するものであって、吸引圧により洗浄する作用効果を有しない。このような作用効果を有しないことは、引用例2の「吸引管1の先端にはレジンスポンジ5が設けられているので、汚染した洗浄液は毛管現象でもつて吸上げられ」(甲第3号証4欄11~13行)との記載からも明らかである。

したがって、引用例発明2の「吸引」は、本願発明の「吸引」とは技術的意味を異にするから、引用例2に、「この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」が記載されているということはできない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)

(1)  審決は、本願発明と引用例発明1との相違点の判断において、本願発明の「反応管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程とを有する」との構成は、引用例2に記載されているとしている(審決書7頁6~10行)が、前記のとおり、この構成は、引用例2に記載されておらず、審決は、引用例発明2についての誤った認定を根拠としている。

(2)  また、審決は、本願発明と引用例発明1の相違点に係る「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす」との構成につき、「一般に、反応管、ビン等の洗浄において、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給することは、洗浄の目的からして通常行われていることであり、また、反応管において、その内壁の開口部付近の付着物が付着していればその付着物は除去しなければならないことは当業者にとって自明のことである」(同7頁10~17行)としているが、反応管の洗浄において、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給することは、周知の手段でも慣用の手段でもなく、これを「通常行われている」とすることは、誤りである。

審決は、上記の誤った認定を根拠に、「反応管内壁の開口部付近の洗浄が必要な場合、洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液で満たすことは、当業者の必要に応じてなし得る設計的事項であると云わざるを得ない」(同7頁17行~8頁2行)としているが、「反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たすこと」の技術的意義について言及することもなく、その理由、根拠とも具体的に示されていない。

したがって、審決の「上記第1引用例に記載されている発明に上記第2引用例に記載されている発明を適用して本願発明の反応管洗浄方法を構成することは、当業者の容易に想到し得ること」(同8頁3~6行)との判断は、誤りである。

3  取消事由3(顕著な作用効果の看過)

審決は、「本願発明の効果も、上記第1、第2引用例に記載されている発明から当業者が予測できる程度のものと認められる」(審決書8頁7~9行)と認定しているが、誤りである。

本願発明の「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす」構成をとることにより、開口部付近の洗浄が可能となる。

これに対し、引用例発明1及び2からは、本願発明の上記のような作用効果は生じないし、引用例1及び2には、これを示唆する記載もない。

また、本願発明は、「洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する」構成をとることによって、前記のとおり、吸引圧により生ずる抑流効果により、汚染度の高い反応管の底部が洗浄できる作用効果を有するものである。

これに対し、引用例発明1の場合は、洗浄水は容器の側壁を流下してそれが吸い取られるだけであり、引用例発明2では、前記のように、吸引ポンプは汚染した洗浄液を試験管内より排出するものであって、吸引圧により洗浄する作用効果を有しないし、引用例1及び2には、これを示唆する記載はない。

このように、本願発明は、引用例発明1及び2が有しない異質の作用効果を有するのであるから、審決の上記認定が誤りであることは明らかである。

第4  被告の反論の要点

1  取消事由1について

(1)  引用例発明2においても、洗浄については、洗浄液の撹拌によって洗浄液と試験管内壁の付着物との接触を増やし、洗浄を効果的に行うものであるから、試験管内壁の付着物を洗浄液に溶出させて試験管内壁を洗浄するものであり、このことは、当分野においては本願出願前周知の事項(乙第1号証・特公昭53-13146号公報、乙第2号証・実開昭56-96358号マイクロフィルム)である。

そして、この目的を達成するために、試験管内壁の付着物と洗浄液の接触の必要から洗浄液を満たす所定位置が設けられていると解するのが自然である。

したがって、引用例2に「試験管の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程」が実質的に記載されていることは明らかである。

(2)  本願発明における「吸引」は、原告主張の抑流効果とは直接には関係せず、単に廃液を反応管外に排出するための手段であることは明らかであり、また、引用例2には、試験管内に洗浄液が満たされ、試験管内壁が洗浄された後の装置の作動について、「次に吸引(排液)ポンプP2を駆動すれば、汚染した洗浄液はレジンスポンジ5・吸引管1を介してタンクT2内に回収され、試験管6内より排出される」(審決書5頁3~6行)と記載されている。

したがって、引用例2に「この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」が実質的に記載されていることは明らかである。

2  取消事由2について

(1)  引用例2の記載事項の認定に誤りがないことは前記のとおりであり、審決が誤った認定を根拠にして判断したものでないことは明らかである。

(2)  一般に、付着物を洗浄液で除去する場合、付着物に洗浄液を接触させなければならないことは自明のことであり、反応管の洗浄においても、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給し、付着物に洗浄液を接触させることは、通常行われている方法である。

また、反応管において、その内壁の開口部付近に付着物が付着しておれば、その付着物を除去しなければならないことは当業者にとって自明のことであるから、「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たすこと」は、「当業者の必要に応じてなし得る設計的事項」である。

したがって、引用例発明1に引用例発明2を適用して本願発明を構成することは、当業者にとって容易に想到しうるものである。

3  取消事由3について

原告主張の「吸引口3aでの吸引圧により生ずる抑流効果により汚染度の高い反応管1の底部を洗浄することができる」という作用効果は、吸引口と容器底部との間の流路を絞ること、すなわち、吸引口を底部近傍に設けることに基づく自明の作用効果である。

そして、吸引口を容器底部近傍に設けることは、引用例1に記載されており、引用例発明1も本願発明も同様な作用効果を奏することは明らかである。

第5  証拠

本件記録中の書証目録の記載を引用する。書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

第6  当裁判所の判断

1  取消事由1(引用例発明2の認定の誤り)について

(1)  引用例2に、審決認定のとおり、「2重管1、3を第2図aに示すように試験管6内に挿入し、試験管6の底部より上方の位置・・・で定置させ、この状態で送液ポンプP1を駆動してタンクT1内の洗浄液を注入管3内に送り込む。注入管3内に送り込まれた洗浄液は、下方の孔3”より放射状に噴出し、試験管内壁・管3ならびにプラグ2の外面をつたって試験管6内に注入され、洗浄される。ポンプP1を停止し、2重管1、3を下方に移動させ、レジンスポンジ5が試料(沈殿物)Sに接触しない位置に挿入する。」(審決書4頁12行~5頁2行)、「次に吸引(排液)ポンプP2を駆動すれば、汚染した洗浄液はレジンスポンジ5・吸引管1を介してタンクT2内に回収され、試験管6内より排出される。」(同5頁3~6行)との記載があることは、当事者間に争いがなく、これらの記載によれば、引用例2には、噴射注入から排出までの間、試験管内に洗浄液を満たす工程が記載されていることは明らかである。

原告は、本願発明において「洗浄液を満たす」目的は、内壁に付着している反応液等を洗浄水に溶出させることによって内壁を洗浄することにあるとして、試験管の底部に固定された沈殿物以外のものを洗浄することを目的とする引用例発明2との相違を主張する。

しかし、引用例2には、試験管内に洗浄液が満たされた後の洗浄について、「この2重管1、3の移動過程で先の工程で試験管6内に注入された洗浄液内にそれが侵入することにより試験管6内の洗浄液が攪拌され試験管内壁ならびに沈殿物Sの表面が洗浄される。」(甲第3号証4欄2~6行)との記載があり、洗浄液が単に試験管内に溜まるのではなく、試験管内壁に付着している反応液等を洗浄液で洗浄することを示している。

また、引用例発明2において使用する洗浄液を、特に反応液等を溶解し難い洗浄液に限定する旨の記載はないし、上記「試験管6内の洗浄液が攪拌され試験管内壁ならびに沈殿物Sの表面が洗浄される」との記載から明らかなように、引用例発明2の洗浄液は刷子等により機械的に洗浄するものでもないから、この洗浄液は、試験管内壁に付着している反応液等を溶解しやすい洗浄液であることは、明らかである。

したがって、引用例発明2においても、試験管の内壁に付着している反応液等を洗浄液に溶出させることによって内壁を洗浄することが開示されていると認められる。

このように、試験管の内壁に付着している反応液等を洗浄液に溶出させることによって内壁を洗浄する場合、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給する必要があることは、自明のことがらであるうえ、引用例2に記載されている試験管等の洗浄方法も、上記のように試験管内壁の付着物を洗浄液に溶出させて試験管内壁を洗浄するものであって、「通常一度に多数の試験管(試料)(数十~数百本)を処理・測定することからして各試験管内の試料の洗浄が迅速に行なえることが要望されており、・・・自動化が進むにしたがつてますます高まつている。この考案は以上に鑑み、上記要望を解消すべくなされたもの」(甲第3号証2欄32行~3欄2行)と記載されているように、試験管等の自動洗浄を目的としたものであるから、その実施に当たり、可能な限り試験管内壁に付着している反応液等と洗浄液とを接触させて溶出する必要上、洗浄液を満たす所定の位置が当然定められているというべきである。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

(2)  引用例2には、前記のとおり、試験管内に洗浄液が満たされた後の洗浄について、「次に吸引(排液)ポンプP2を駆動すれば、汚染した洗浄液はレジンスポンジ5・吸引管1を介してタンクT2内に回収され、試験管6内より排出される。」と記載されているから、「洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」が記載されていることは明らかである。

原告は、本願発明の構成要件である「吸引」は、吸引圧により生ずる抑留効果により、汚染度の高い反応管底部を洗浄する作用効果を有するものであるから、吸引圧により洗浄する作用効果を有しない引用例発明2の「吸引」とは技術的意味を異にする旨主張する。

しかし、本願発明の「第2の過程」自体は、「洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する」というものであって、この文脈における「吸引」が、吸引という用語から普通理解される意味以上の意味を有するものと解することはできない。

のみならず、原告のいう抑留効果が、その主張するとおり、反応管に洗浄液が溜まった状態から吸引管を吸引すると、吸引圧に加え、溜まっている水による負荷(洗浄圧)が反応管の底にかかった状態で水の流れの方向が変わるので、優れた洗浄が行われるという効果を意味するとすれば、それは、反応管に洗浄液が溜まった状態から吸引管を吸引するにあたり吸引口と容器底部との間の流路を絞ること、すなわち、吸引口を底部近傍に設けることに基づく作用効果と認められ、これを「吸引する」こと自体の作用効果ということはできない。

すなわち、原告主張の抑留効果は、吸引口を底部近傍に設けるという本願発明の構成に基づく作用効果であるから、これの検討は、本願発明が引用例発明1に引用例発明2を適用することにより容易に想到できるものとした審決の当否をまず判断したうえでなすべきことがらであり(したがって、この作用効果の点は、取消事由3について判断する。)、引用例2に、本願発明の「洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程」に該当する構成の記載があるとした審決の認定を論難すべき根拠とはならないことが明らかである。

原告主張の取消事由1は理由がない。

2  取消事由2(相違点の判断の誤り)について

(1)  審決が引用例発明2について認定を誤ったとの原告の主張が理由がないことは、前示のとおりである。

(2)  本願発明と引用例発明1との相違点に係る「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ」との構成は、本願明細書(甲第4~第6号証)中の〔発明の背景技術〕として、従来技術を説明している箇所に、「洗浄ノズル2が反応管1内に挿入された際に・・・吐出口4aが反応管1の開口部付近に設定されるようになつている」(甲第4号証明細書2頁17~20行)と記載されているように、従来技術においても採用されていた構成であると認められる。

同じく相違点に係る「反応管の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす」との構成につき、原告は、反応管の洗浄において、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給することは周知でも慣用手段でもなく、「通常行われている」ものではなく、審決が、これを「当業者の必要に応じてなし得る設計的事項である」とした理由がその根拠と共に具体的に示されていない旨主張する。

しかし、引用例2に、「通常試験管の洗浄は、洗浄液内に浸した試験管を試験管の洗浄用刷子でもつて洗浄したり、試験管内にピペツト等で洗浄液を注入し、それを横倒させて洗浄液を排出して内部の洗浄を行なつていた」(甲第3号証1欄32~36行)と記載されているとおり、後者の「試験管内に洗浄液を注入した後、洗浄液を排出する試験管の洗浄方法」も普通の方法であることは明らかである。

そして、この方法は刷子等の機械的手段を使用しない洗浄方法であるから、付着物と洗浄液を接触させなければ目的を達することができないことは自明の事柄であり、したがって、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給することは周知の手段であって、「通常行われている」ものと認められ、その技術的意義は、自ずから明らかである。

したがって、「反応管内壁の開口部付近の洗浄が必要な場合、洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液で満たすことは、当業者の必要に応じてなし得る設計的事項である」とした審決の判断に誤りはない。

(3)  以上を総合して検討すると、本願発明と引用例発明1とが、「底部に廃液を吸引する吸引口と、中間部に洗浄液を吐出する吐出口とを有する洗浄ノズルによって反応管内を洗浄する過程において、反応管内に洗浄ノズルを挿入して洗浄ノズルの吸引口を反応管の底部近傍に位置させた後、吐出口より洗浄液を吐出し、吸引口より廃液を吸引する反応管洗浄方法である」(審決書6頁5~11行)点で一致することは、当事者間に争いがないから、この引用例発明1の洗浄方法に、前示引用例2に開示されている「試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程を有する試験管洗浄方法」を適用し、その際、従来技術を用いて、「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置させ」ることにより、本願発明の反応管洗浄方法を構成することは、当業者の容易に想到しうることであると認められる。

したがって、引用例発明1及び2から、本願発明が容易に想到できたとする審決の判断に誤りはない。

3  取消事由3(顕著な作用効果の看過)について

(1)  原告は、本願発明の「洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす」構成をとることにより、開口部付近の洗浄が可能となるのに対し、引用例発明1及び2からは上記作用効果は生じないし、引用例1及び2には、これを示唆する記載もない旨主張する。

しかし、取消事由1について判示したとおり、「反応管内壁の付着物の溶出による洗浄」は、引用例2の記載から予測しうるところであり、「開口部付近の洗浄」についても、前記のとおり、付着物が試験管の開口部付近の位置にある場合には、その位置まで洗浄液を供給する必要があることは自明であり、「反応管内壁の開口部付近の洗浄が必要な場合、洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液で満たすことは、当業者の必要に応じてなし得る設計的事項である」から、この点に本願発明の格別の作用効果があると認めることはできない。

(2)  原告は、本願発明は、その「洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する」構成をとることによって、吸引圧により生ずる抑流効果により、汚染度の高い反応管の底部を洗浄する作用効果を有するのに対し、引用例発明1及び2からは上記作用効果は生じないし、引用例1及び2には、これを示唆する記載もない旨主張する。

原告は、この「抑流効果」とは、反応管に洗浄液が溜まった状態から吸引管を吸引すると、吸引圧に加え、溜まっている水による負荷が反応管の底にかかった状態で水の流れの方向が変わるので、優れた洗浄が行われるという効果を意味するものであると主張し、原告の主張するとおり、引用例1及び2には、上記抑流効果についての直接的な記載は見当たらない。

しかし、本願発明の「吸引口3aでの吸引圧により生ずる抑流効果により汚染度の高い反応管1の底部を洗浄することができる」という作用効果は、反応管に洗浄液が溜まった状態から吸引管を吸引するにあたり吸引口と容器底部との間の流路を絞ること、すなわち、吸引口を底部近傍に設けることに基づく作用効果であり、従来から知られていた作用効果であると認められる。

すなわち、実開昭55-97570号のマイクロフィルム(乙第3号証)には、細胞障害試験等に使用した滴定プレートの洗滌装置において、ノズルの吸引口を洗滌すべき滴定プレートの窪に対し特定の位置に配置するようにして、ノズルの吸引口より勢いよく洗滌水を吸引すると、底部の角の部位は流路が絞られた状態となって強い流れが作られるとともに、その強い流れが底部の角に向けて作用して、洗滌し残りのない洗滌ができることが記載されており、この作用効果が、本願発明の抑流効果に相当することは明らかである。

そして、引用例発明1に「容器内に洗浄プローブを挿入して洗浄プローブの吸引口を容器の底部近傍に、噴出口を容器の側壁部に位置させた後、噴出口より洗浄液を吐出し、吸引口より廃液を吸引する容器洗浄方法の発明が記載されている」(審決書4頁7~11行)ことは当事者間に争いがないから、引用例発明1に、反応管の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程を有する洗浄方法である引用例発明2を適用する場合、原告主張の抑流効果が生ずることは、当業者が当然に予測できる効果であると認められ、これをもって、格別の効果とすることはできないというべきである。

取消事由3も理由がない。

4  以上のとおりであるから、原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく、その他審決にはこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。

よって、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 牧野利秋 裁判官 押切瞳 裁判官 芝田俊文)

平成3年審判第4138号

審決

神奈川県川崎市幸区堀川町72番地

請求人 株式会社東芝

東京都港区芝浦1丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内

代理人弁理士 則近憲佑

東京都港区芝浦一丁目1番1号 株式会社東芝 本社事務所内

代理人弁理士 近藤猛

昭和57年 特許願第7512号「反応管洗浄方法」拒絶査定に対する審判事件(昭和58年7月25日出願公開、特開昭58-124951)について、次のとおり審決する.

結論

本件審判の請求は、成り立たない.

理由

Ⅰ.手続の経緯、本願発明の要旨

本願は、昭和57年1月22日の出願であって、その発明の要旨は、平成元年4月21日付け手続補正書及び平成4年2月21日付け手続補正書によって補正された明細書及び図面の記載からみて、その特許請求の範囲に記載されたとおりの、

「底部に廃液を吸引する吸引口と、中間部に洗浄液を吐出する吐出口とを有する洗浄ノズルによって反応管内を洗浄する過程において、反応管内に洗浄ノズルを挿入して洗浄ノズルの吸引口を反応管の底部近傍に、吐出口を反応管の開口部付近に位置させた後、該吐出口より洗浄液を吐出し、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に前記吸引口より廃液を吸引する第2の過程とを有することを特徴とする反応管洗浄方法。」にあるものと認める。

Ⅱ.当審の拒絶理由

一方、当審において、平成3年12月5日付けで通知した拒絶の理由の概要は、本願発明は、その出願前日本国内において頒布された刊行物である「特開昭53-10480号公報」(昭和53年1月30日出願公開、以下、第1引用例という。)及び同「実公昭53-53516号公報」(昭和53年6月17日出願公告、以下、第2引用例という。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができないというものである。

Ⅲ.引用例

そして、上記第1引用例には、「容器6が洗たく部を通過して進むと考えると、1つの容器が位置Aから…洗たく部の第1ステーションBの位置に…割り出され、…この位置でキャリジは下がり、洗浄プローブは停止した容器の底に下げられる。第6図に示す如く、プローブ24は同心管配置をなし、その内管29は真空管路30に連結され、その外管31は供給管路33により水道の水を供給される。…噴出口から出る水は容器の側壁を下に移動し、水および容器の内表面から洗い落された残渣は真空管路30により吸取られる。」(第5頁左上欄19行~同頁右上欄14行)の記載および第6図を参照すると、匠部に廃液を吸引する吸引口と、中間部に水道水を吐出する噴出口とを有する洗浄プローブによって容器内を洗浄する過程において、容器内に洗浄プローブを挿入して洗浄プローブの吸引口を容器の底部近傍に、噴出口を容器の側壁部に位置させた後、噴出口より洗浄液を吐出し、吸引口より廃液を吸引する容器洗浄方法の発明が記載されているものと認められ、また、上記第2引用例には、「2重管1、3を第2図aに示すように試験管6内に挿入し、試験管6の底部より上方の位置…で定置させ、この状態で送液ポンプP1を駆動してタンクT1内の洗浄液を注入管3内に送り込む。注入管3内に送り込まれた洗浄液は、下方の孔3”より放射状に噴出し、試験管内壁・管3ならびにプラグ2の外面をつたって試験管6内に注入され、洗浄される。ポンプP1を停止し、2重管1、3を下方に移動させ、レジンスポンジ5が試料(沈澱物)Sに接触しない位置に挿入する。」(第2頁左欄32行~42行)、「次に吸引(排液)ポンプP2を駆動すれば、汚染した洗浄液はレジンスポンジ5・吸引管1を介してタンクT2内に回収され、試験管6内より排出される。」(第2頁右欄7行~10行)、「2重管を第2図bの状態に試験管6内に挿入し、注入管3を介して試験管6内に連続的に洗浄液を注入し、吸入管1より連続的ないし間欠的に吸引・排出するようにしてもよい。」(第2頁右欄24行~27行)の記載および第2図a、bを参照にすると、試験管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の過程を有する試験管洗浄方法の発明が記載されているものと認められる。

Ⅳ.対比

ところで、本願発明と第1引用例に記載された発明とを比較すると、後者の「容器」は、反応生成物が入れられるところから、前者の「反応管」に相当し、また、後者の「水道水」、「質出口」、「洗浄プローブ」は、前者の「洗浄液」、「吐出口」、「洗浄ノズル」にそれぞれ相当すると認められるので、結局、両者は、

「底部に廃液を吸引する吸引口と、中間部に洗浄液を吐出する吐出口とを有する洗浄ノズルによって反応管内を洗浄する過程において、反応管内に洗浄ノズルを挿入して洗浄ノズルの吸引口を反応管の底部近傍に位置させた後、吐出口より洗浄液を吐出し、吸引口より廃液を吸引する反応管洗浄方法である」

点で一致し、

「前者が、洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の課程とを有する反応管洗浄方法であるのに対し、後者は、洗浄ノズルの吐出口を特に反応管の開口部付近に位置せしめるとは明示されておらず、また、上記第1の過程、第2の過程を有していない」

点で相違する。

Ⅴ.当審の判断

そこで、上記相違点について検討する。

上記第2引用例の「試験管」は、本願発明の「反応管」に相当すると認められるので、結局、反応管内の所定位置まで洗浄液を満たす第1の過程と、この洗浄液が満たされた後に吸引口より廃液を吸引する第2の課程とを有する反応管洗浄方法は上記第2引用例に記載されており、また、一般に、反応管、ピン等の洗浄において、洗浄によって除去されるべき付着物が付着された位置まで洗浄液を供給することは、洗浄の目的からして通常行われていることであり、また、反応管において、その内壁の開口部付近の付着物が付着していればその付着物は除去しなければならないことは当業者にとって自明のことであるので、反応管内壁の開口部付近の洗浄が必要な場合、洗浄ノズルの吐出口を反応管の開口部付近に位置せしめ、反応管内の開口部付近の所定位置まで洗浄液で満たすことは、当業者の必要に応じてなし得る設計的事項であると云わざるを得ない。

したがって、上記第1引用例に記載されている発明に上記第2引用例に記載されている発明を適用して本願発明の反応管洗浄方法を構成することは、当業者の容易に想到し得ることと認められる。

そして、本願発明の効果も、上記第1、第2引用例に記載されている発明から当業者が予測できる程度のものと認められる。

Ⅵ.むすび

以上のとおりであるから、本願発明は、上記第1、第2引用例に記載されている発明に基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成4年7月29日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

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